25年前、母に放った言葉からの後悔の嵐

8月8日は、母の命日です。
25年前、私が26歳の時に
母は肺結核後遺症で69年の生涯を終えました。
生きていれば、93歳。

毎年、この日は、母が亡くなった時のことを思い出します。
そして、それが私にとってはとても辛いものでした。
なぜなら、母が亡くなる前日に、
私は母とちょっとしたことで喧嘩してしまったからです。

母は、長いこと、入退院を繰り返していて、
一時期は、集中治療室にいる時もありましたが、
そこから奇跡的に回復して、
亡くなる前日まで、ご飯も食べられていたし、話もできていました。

だから、まさか、翌日、母が帰らぬ人になるなんて、
思いもしませんでした。


数年前には、一度危篤状態になったこともあったので、
今回も、まだしばらく入院生活が続くのだろうと、
どこかで当たり前のように思っていたんです。

当時の私は、ほぼ毎日、仕事が終わると病院へ向かっていました。
母一人子一人なので、家に帰っても寂しいので
いつも病院に行って、母と一緒に夕飯を食べ、
消灯時間ぎりぎりまで病室にいることは日常茶飯事でした。


そして帰る時には、いつも、
「じゃあ、帰るね、また明日ね」「おやすみ」
そう言って、病室を出ていました。

でも、母が亡くなる前日。
その日は、なぜか母があまりご飯を食べてくれなくて、
私は怒りのスイッチが入ってしまったのです。

もうちょっと頑張れば、食べられるはずなのに!
そんな期待が届かないもどかしさから

私は、母に、「もう知らない!」と言って、
病室を飛び出したのが最後です。


いつものように、「また明日ね」「おやすみ」
と言って帰るはずだったのに…。

母一人子一人なので、
ずっと一人で介護する日が5年程、続いていて、
医療費のことも不安だし、
介護疲れもあって、苛立つことが増えていたのも事実。


重たい気持ちは、家に帰ってからも
そして、翌日まで続いていました。

またご飯を食べてくれなくなると困るな。
もっと寄り添ってあげる必要があるのかも。

そう思った私は、上司に、介護休業を願い出て、
了承いただき、少し安堵したのも束の間。

その日、仕事を終えて、そろそろいつものように病院へ向かおうと
帰りの身支度をしていたところ、病院から呼び出しの電話がありました。

私が病院へかけつけた時には、既に意識がない状態になっていて、
それから数時間後に、母は静かに息を引き取りました。

あまりにも突然すぎて、一人で看取った瞬間は、
身体の力が抜け、ぽっかりと大きな穴が開いたようでした。


「どうしてあんなことを言ってしまったんだろう」
前日のことが何度も頭の中を駆け巡り、涙が止まりませんでした。


「もう知らない!」
あの日のことを思い出すたびに、私はずっと辛い想いを背負ってきたけど、
最後に言い放ったその言葉が真意ではなかったと、
私はようやく自分のことを赦せるようになったのは、
ほんの数年前。

それまでずっと、あの日のことを悔やみ続けてきましたが
母に対する私の本当の気持ちは、純粋に

「大好き」
「元気でいてほしい」
「ずっと一緒にいたい」

だったのです。

「ご飯を食べてくれない」という怒りの奥には、
母を失いたくないという、大きな愛があったから。


そのことに気づいて
「だから、もういいんだよ」って、
私はようやく自分自身を心から赦せることができました。


ここまで来るのに、実に20年以上かかりました。


娘としてたくさん甘えたい気持ちが大きかったのに
現実は、そんな甘えた言葉をずっと言えなかったから、
その裏返しで怒りとなり
あの冷たい言葉となってしまったとも思っています。

「ご飯を食べてくれない」という怒りの奥には、
母を失いたくないという、
母への大きな愛があっただけにすぎなかったのです。




人は、いつか必ず、大切な人との別れを迎えます。

「また明日ね」の明日がちゃんと同じように来るなんて保証は、
ないわけで。


だからこそ、
今、伝えられる想い、言葉は
今、伝えることを大切にするようにしています。


そして、もう一つ、
私の過去のしくじりから学んだこと。

私がずっと罪悪感が消えなかったのは、
あの時に放った言葉と態度が大きな要因ではありますが、
それだけでなく、
ほんとは、私の本音を母に伝えていなかったことも大きいと思っています。

「大好き」
「ありがとう」
「早く良くなってね」
「もっと長く一緒にいたい」

そんな優しい言葉を素直に少しでも伝えておけばよかった。

それをやらずして、あの冷たい言葉を言い放ったことで
余計に辛かったのだと思うのです。


もし、これをお読みくださっている貴方が
大切な人やこどもに優しくできなかった日があったとしても、
その一瞬だけを切り取って、自分を責めないでほしい。


そのことで後悔しているのであれば、
それがもう既に愛であり、
相手のことを大切に思っている証なのだから。

色んなことがあった。
その全部を含めて、その人との時間でもあるのです。

だから、責めないでほしい。

その代わり、これからどんな関り方をしていきたいのか
どんな言葉をかけてあげたらいいのか、
答えはきっと貴方の中にあるから
それを素直に行動にしてほしいと思っています。

大きな後悔をする前に。



母が亡くなって25年。
私はずっと母に支え続けられてきたように思います。
そして、
母からもらったたくさんの愛が、
私の中で温かく息づいている限り
これからもずっと続くのだ。

「お母さん、25年間ありがとう💖」
今日は母の仏前でそう伝えました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です